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Date: Wed, 18 May 2011 16:29:00 +0900
From: TAKANASHI Naohiro <naohiro.takanashi@emp.u-tokyo.ac.jp>
Subject: [scsj:00042] サイエンスキャラバン311の活動報告
To: member@scicomsociety.jp
Message-Id: <4DD3753C.7020700@emp.u-tokyo.ac.jp>
X-Mail-Count: 00042

みなさま、

高梨@天プラです。
活動の報告と紹介をさせて下さい。

天文系の人間が参加する天文学普及プロジェクト「天プラ」では、
科学普及団体の連携組織「サイエンスキャラバン311」に参加して、
このGWに岩手県宮古市および盛岡市にて活動して来ました。
その様子について天文分野の学会誌向けにそのレポートを書きましたが、
内容的には同じような活動を考えてらっしゃる皆さんの参考になるところも
あるかと思いましたので、こちらのML宛にもお送りさせていただきます。

下記報告文は天文系の人間からみたレポートととなっていますが、
実際には昼間の活動が中心であったことを申し添えておきます。

なお、この「サイエンスキャラバン311」代表の井上さんはこのMLにも
参加されていますが、ご本人多忙につき、代わりに紹介させていただきました。

グループについては、以下のホームページなどをご参照下さい。
http://www.science-caravan-311.jp/

次回は6月初旬に、岩手県大槌町での活動を予定しております。
(天プラは、主に夜間の天体観望会を担当する予定です)

高梨

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1 はじめに

2011年3月11日に発生した東日本大震災は,私たちに大きなインパクトを与える
歴史的事象となった.安全,食料,エネルギーなど現代社会の根幹を構成する諸
システムはもちろんのこと,諸システムを創り出している私たちの人生観,幸福
観,死生観など,ありとあらゆるレベル・分野において,その影響が顕在化しつ
つある.天文分野で活動する私たちにとっても,存在の問い直しを迫っているよ
うに,私には感じられた.天文分野の,特にコミュニケーション活動という専門
性を背景にした時に,私たちにはいったいなにができるのか.震災直後より私た
ちは,さまざまな活動のあり方について考え,準備を行ってきたが,今回,被災
地の児童館および避難所にて天文教室および天体観望会を行う機会を得て,現地
にて活動を行ってきた.本稿では,その活動の様子を報告することで,同様の活
動を考えている方々の活動の参考になれば幸いである.

2 活動の概要

2.1 活動までの経緯

まず最初に,今回の活動にいたる経緯について説明したい.著者のひとりである
高梨は,3月18日に天文学普及グループ「天プラ」1)および天文教育普及研究会
のメーリングリストに「震災復興と天文学」と題したメールを投稿し,その中で
被災地における天文教室や天体観望会を行う可能性について言及した.このメー
ルを読んだディスカバリーパーク焼津の弘田澄人氏が,被災地での子供に向けた
科学ボランティア活動の実施を模索していた科学普及団体の連携組織「サイエン
スキャラバン311」2)の井上徳也氏を紹介して下さり,高梨が天プラの代表者と
してそこに加わることになった.4月12日には,現地の状況を把握し,各地のボ
ランティアセンターとのネットワーク作りをすることを目的に,井上氏らが福
島,宮城,岩手の避難所など16箇所をまわり,科学工作や天体観望会の要望があ
れば応えられる旨を伝えて回った.その結果,4月19日になって盛岡市社会福祉
協議会から5月3日〜4日にかけて活動が出来ないかとの打診があり,そのひとつ
として天文プログラムを開催することになったのである.

天プラでは,高梨の他,川越至桜,日下部展彦,夏苅聡美の4名を参加させるこ
とを決め,昼は天球儀の工作教室を,夜間は天体観望会を開催することにした.
天プラが訪問を予定した施設はグリーンピア三陸宮古(宮古市),田老児童館
(宮古市),ふれあいランド岩手(盛岡市)の三箇所であったが,後述するよう
に高速道路の大渋滞によってグリーンピア三陸宮古への訪問は叶わなかった.訪
問が実現した二箇所については,以下に詳細をまとめたい.

なお,活動全体にはサイエンスEネット3),ガリレオ工房4),科学読物研究会
5),オンライン自然科学教育ネットワーク(ONSEN)6)から,天プラのメンバーも
含めて総勢13名が参加した.

2.2 田老児童館

5月4日の午後2時から4時半までの間,私たちは津波で大きな被害を受けた宮古市
田老地区にある「田老児童館」を訪問した.児童館自体は津波による浸水地区に
あるものの,建物の利用上の問題はなく,屋内の部屋を利用して活動を行った.
サイエンスキャラバン311に参加した各グループがそれぞれテーブルひとつ分程
度のスペースを使い,それぞれの得意とする科学遊びを子どもと行った(傘袋ロ
ケット,分光万華鏡,大気圧体験工作,バネ電話,皿回し,立体図形工作,飛ぶ
種,空気砲,バズーカ砲など).私たちはたまたま会場にあった液晶テレビをお
借りしてMitaka7)を披露したのと,天球儀工作8)を体験してもらった.

近所から集まってきた児童は,下は未就学児から上は中学生まで,総勢15人ほ
ど.最初は見知らぬ大人達に囲まれて照れていたものの,すぐに子どもらしさを
発揮して,各グループの準備した科学遊びに興じてくれた.Mitakaのような宇宙
の映像は印象が強かったらしく,子どもたちがすぐに集まってきてくれた.中に
は宇宙に詳しい子どももおり,そのような子どもにとっては,Mitakaはとても良
い遊び道具だったようだ.天球儀工作に関しては,5名程度が参加してくれた.
手を動かしながらスタッフと会話することを楽しんでくれたようであった.

私たちは次の天体観望会の準備のため30分ほど早く活動を切り上げて撤退した
が,最後に「また来てね」と私たちが見えなくなるまで手を振ってくれた男の子
がいたのが印象的であった.

2.3 ふれあいランド岩手

5月4日の午後7時から9時にかけては,盛岡市にある避難所のひとつである「ふれ
あいランド岩手」を訪問した.ふれあいランド岩手は,岩手県の社会福祉活動の
中核施設と位置づけられており,平時にはスポーツ・レクリエーション活動及び
文化活動の拠点となっている場所である.ここでは60名ほどが避難生活を続けて
おり,この施設の前庭を利用して天体観望会を開催した.川崎市青少年科学館の
甲谷保和氏と天プラのメンバーが望遠鏡などの機材操作や解説を担当し,他のサ
イエンスキャラバン311の参加スタッフには安全管理等を担当していただいた.
望遠鏡は天プラで2台,甲谷氏が2台,施設のものが1台の計5台で対応した.

当日は雲量が50程度と必ずしも観望会に適した環境ではなかったが,Mitakaを施
設の壁面にプロジェクターで投影し,晴れ間を待つ間に地球から宇宙の果てまで
を楽しんでいただいた.晴れ間から時々顔を覗かせる土星や1等星なども,望遠
鏡を使って観望してもらうことができた.特に土星は人気で,望遠鏡を覗く度に
感嘆の声があがっていた.夜はかなり冷えたものの,延べ30名程度の方が参加し
て下さった.

3 活動を通じて

今回,私たちは被災地という特殊な条件下での天文イベントを企画・実施したわ
けだが,一般的な天文イベントと比べた時に,どのような点において困難さを感
じたかについて,時系列に沿ってまとめてみたい.ただし,ここで報告する内容
はあくまでも私たちの体験のみに基づく主観的な報告であり,一般論を述べてい
るわけではない事を念頭において読んでいただければ幸いである.

3.1 企画準備段階

天体観望会や天文教室の開催を検討し始めた段階でもっとも頭を悩ませたのは,
「はたして被災地で今,必要とされているのか?」という疑念であった.天文宇
宙という,不要不急と思われても仕方がない分野に関するイベントを提案するこ
とに対する恐怖感と言っても良いかも知れない.しかしながら,テレビや新聞を
通じた情報収集に加え,現地入りしたボランティアの方々からの話を聞くこと
で,場所によっては十分に必要とされだろうと判断するに至った.

次に直面したのは,どうやって需要を掘り起こし,必要とされているところに私
たちの活動を届けるかという課題である.この点に関しては,前述の通り,サイ
エンスキャラバン311を通じて,現地のボランティアセンターへ直接のアプロー
チを行い,先方から声を掛けていただくのを待つというスタイルを取ることにし
た.私たちが行っているような人と人のコミュニケーションの中で行われる活動
とは,常に相手への価値観の押しつけの側面があるものと自覚しているが,それ
が許容量を超えないことをもっとも重視した安全策を採った.

実際に現地のボランティアセンターから依頼をいただいてから感じた難しさは,
日程調整だ.先方からは5月3日〜5日というピンポイントで打診があったが,
ちょうどその日程に重なるように別の天体観望会のイベントを企画しており,急
遽スタッフを二手に分けて開催することにした.現地の状況を考えれば依頼が直
前(今回は開催2週間前)になるのは致し方ないことであるので,常に派遣可能
な人材をプールしておく必要性を強く感じた.

派遣先も決まり,現地での開催内容を検討するにあたって頭を悩ませたのは,参
加者層が読めないことであった.児童館であれば参加者は子どもが中心であるこ
とが想像できるが,避難所となると幼児からシニアまで多様な年齢層の方が参加
する可能性がある.もともとある程度天文宇宙に興味がある人だけが参加する場
合もあれば,特別な興味はなくともなんとなく参加してみたという場合も考えら
れるだろう.参加する人数も,避難所にいる人の一部なのか,全員なのか,さら
には近所の人まで含めての参加なのかも明らかではない.日によっても状況が異
なるため,私たちがわかっていたことは,参加者層はどうなるかわからないとい
うことであった.派遣できるスタッフの数や車という移動手段の制約から望遠鏡
の台数を決めたが,訪問予定だったグリーンピア三陸宮古の避難者数は1000名と
言うことを聞いており,1000名が望遠鏡の前に列を成すという恐ろしい事態の可
能性もゼロではなかった.そのような事態に対応すべく,施設壁面にプロジェク
ターで投影して星空解説や宇宙の話ができるよう,電源ドラムやプロジェク
ター(2台),MitakaのインストールされたPC(2台)を持参することにした.

3.2 活動の当日

今回の活動では,被災地までは自家用車で移動を行った.復旧したばかりの新幹
線や飛行機での現地入りの可能性も検討したが,機動性,経済性(2011年5月現
在,高速道路は「災害派遣等従事車両証明書」の取得により無料となる)を検討
した結果,自家用車を選択した.しかしながら,長さ60kmにも及ぶ記録的な大渋
滞に巻き込まれ,東京〜盛岡間の移動に見込時間の2倍にあたる13時間を要して
しまい,最初の活動予定地であったグリーンピア三陸宮古に到着することができ
なかった.このような事態が起きないようにすることはもちろんであるが,起き
てしまった時にどのように対処すべきなのかは,事前に十分に検討をしておくべ
きであると感じた.

最初に訪問した田老児童館での昼間の活動は,他分野の科学遊びに比べて,私た
ちが用意したプログラム(天球儀工作やMitaka)は子ども心をくすぐる要素が少
ないと感じた.サイエンスキャラバン311の他のスタッフらが用意したものは,
例えば皿回しの実験や糸電話,傘袋を用いたロケット作成などは,子どもが身体
を動かして楽しめるものが多かった.一般的な天文教室のように講座に最初から
最後まで参加していることを前提としているのではなく,縁日のように好きな出
店にどんどん自由に出入りできるような場所に出すプログラムとしては,もっと
子どもの五感に訴えるような内容で,かつ,短い滞留時間でも完遂できるものの
方が良いように感じた.「科学の鉄人」9)や「東京国際科学フェスティバル」
10)等での取り組みを参考にする必要があるだろう.

次に訪問したふれあいランド岩手での活動は,概ねふだん通りの天体観望会の流
れであり大きな問題は感じなかった.参加者の中には車いすを利用されている方
もいたが,望遠鏡の脚の長さを調整するなど臨機応変な対応で望遠鏡での観望を
楽しんでいただいた.避難所で生活されている方は多様であり,どのような方が
参加されても楽しんでいただけるような準備をしておく必要性を感じた.また,
参加者が星空に親しみやすいよう,地域に伝わる星にまつわる伝承を事前に調
べ,解説に絡めるような工夫は,地域に活動を受け入れてもらうためのきっかけ
のひとつになるだろう.実際,星空解説を担当された甲谷氏には星の見え方と漁
業の関わりについて質問があり,上手に対応されていた.

いずれの受け入れ先においても,現地のボランティアセンターの職員さんにはた
いへん積極的に対応していただいた.先方の負担になるようなことはしないよう
十分留意したが,逆に先方からは積極的に協力を申し出ていただいた.ふれあい
ランド岩手では,倉庫に眠っていた屈折式望遠鏡の存在を教えていただき,それ
も活用して天体観望会を行った.田老児童館でもふれあいランド岩手でも,職員
さんと避難者あるいは近隣住民の間で厚い信頼関係があることが見て取れたが,
このように各施設が持つネットワークのハブとなっている人に協力いただくこと
が,活動を進める上でたいへん重要であると感じた.

3.3 終了後の振り返り

私たちが活動を行ったのは,いずれも人が生活を行っている場所であったため,
宿泊,食事等については困るような事態はなかった.しかしながら,より状況の
厳しい場所においては,トイレのための砂を持参するなどの準備が必要であると
の話は耳にしており,活動場所によっては事前に十分な情報収集に努める必要性
があるだろう.今回は被災された方々と震災そのものについて会話することはな
かったが,その際の適切な距離感の掴み方は簡単ではないと,被災現場を見て感
じた.これについては,ケースバイケースであるし,個人の資質も大きく関わっ
てくるため,各自が臨機応変に判断するしかないだろう.しかし,これが活動の
妨げになるようなものではないということも,強く感じた.

4. 今後の展望

私たちのこれまでの活動経験と照らし合わせれば,このような被災地での活動は
十分な慎重さが求められるものの,積極的に実行すべきであるとの結論に達し
た.前述したように解決すべき課題もあるが,これらは全て,天文分野にある人
的資源・知的資源を活用することで対応可能である.現地での活動体験は,十分
な手応えを感じさせてくれるものであった.

天文分野においても,既に個人・グループ単位での活動が始まっているが,今後
はこれらの諸活動が必要な部分において情報を共有し,被災地の方にとってもっ
とも有益なるようなシステムを構築することであろう.現地の天文愛好家や天文
分野の諸施設と協力して活動するスタイルなども,模索されるべきだろう.

今回の活動にかかった経費のうち,材料費および交通費に関しては赤い羽根共同
募金からの助成を申請している.今後の継続的な活動のためには,経済的支援の
あり方も検討すべきである.夏が天体観望会の本番であると思うが,そこに向け
てさらなる情報収集と支援体制の構築に努めたい.

最後になるが,私たちが宮古市に入った時,津波で大きな被害を受けた地域から
1kmも離れていない場所にある岩手県立水産科学館が開館しているのを見つけ
た.これは非常に勇気づけられることであった.また,天文月報の創刊号に寺尾
壽が寄せた次の一文11)も,私たちを勇気づけるものであったので,ここに引用
して終わりとしたい.

“実用というものは,世人と共に我々の物質的要求を満足せしむるものという意
味に用いたり,然るに人類は物質のみにて満足する者に非ず,吾人の口や腹が飯
や薬を要求するが如く,吾人の精神もまた何物かを要求す,この精神の要求こそ
最も高級なる者にして,「人の以て禽獣に異なる所」の主たる点なれ,而して吾
人目を挙げれば直に天を見るが故に,天は人類全体の精神的要求の共同目的物な
り.”

%% 謝辞

本活動を実施するにあたって,井上徳也氏,甲谷保和氏をはじめとするサイエン
スキャラバン311のメンバーにはたいへんお世話になった.また,グループを紹
介していただいた弘田澄人氏には,活動のきっかけを与えてくれたことを感謝し
たい.本稿を作成するにあたって,天文学普及プロジェクト「天プラ」のメン
バーからは有意義なコメントをいただいた.天文分野はもちろんのこと,天文分
野外の方々からも陰に陽に多くの支援をいただいた事に,御礼を申し上げたい.

1)高梨直紘 他, 2008, 天文教育, 94, 32-39
2)サイエンスキャラバン311のHPアドレス
http://www.science-caravan-311.jp/
3)サイエンスEネットのHPアドレス
http://www2.hamajima.co.jp/~elegance/se-net/
4)ガリレオ工房のHPアドレス
http://www.galileo-sci.org/
5)科学読物研究会のHPアドレス
http://kagakuyomimono.cool.ne.jp/
6)オンライン自然科学教育ネットワーク(ONSEN)のHPアドレス
http://www.onsen-web.org/
7)MitakaのHPアドレス
http://4d2u.nao.ac.jp/html/program/mitaka/
8)ぺーぱーくらふと天球儀のHPアドレス
http://www.tenpla.net/celglobe/
9)科学の鉄人のHPアドレス
http://www.sci-fest.org/
10)東京国際科学フェスティバルのHPアドレス
http://tokyo.sci-fest.net/
11)寺尾壽, 1908, 天文月報, 1, 1

-- 
Naohiro Takanashi, Ph.D.

Project Assistant Professor (Executive Management Program)
Institute of Industrial Science, The University of Tokyo
naohiro.takanashi@emp.u-tokyo.ac.jp
https://www.emp.u-tokyo.ac.jp/